風色鎮魂歌



全てはアンタの声から始まり…。…一体最後は何で終わるのだろうか…?

柔らかな春の光と…。暖かな風に包まれて俺はうつらうつらと夢心地で本を読んでいた。
「…湊」
ふと俺、海馬 湊(かいば みなと)は名前を呼ばれぼんやりと顔をあげ声の主を確かめる。
「…彩美」
彩美 由真(あやみ ゆま)。弓形(ゆみなり)高等学校、生徒会長兼、三年四組の学級委員。全ての成績において5をとり、物静かで冷静、沈着でいてどこか暖かな面がある全校の生徒男女問わず憧れの的だ。
「…こんなトコで何してるの?」
「何って…。見りゃわかんだろ?」
ひらひらと片手に収まっている音楽関係の雑誌を見せる。
「ああ…。居眠りか」
ぼんやりとした口調で近くの席に着くと彩美は部屋中…。音楽室を見回した。
「…違う。読書だ読書」
不満げな声を聞いているのか聞いていないのか…。彩美は真っ直ぐに俺の方を見て溜息をついた。
「湊…。居眠りも良いけれどもっと大事なことがあるんじゃない?」
「そうだな…」
俺はつまらなさそうにぺらぺらと雑誌をめくり言った。
「…ちょっと貴方真剣に聞いてるの?」
彩美はすばやい動作で俺の腕を掴むと真剣な眼差しで俺を見据えた。
(…やれやれ。学級委員サンはご苦労さんなこって…)
俺たちはもうすぐ高校を卒業してしまう。しかし、俺は進路も何も考えていない。就職する気もないし何か考えがあるわけでもない。…ただ趣味が続けられればどうなってもいいと思っていた。そんな俺は先生たちの間でも問題児とされ、さして成績は悪くないのに…といつも悩みの種であった。どうしようもなく学級委員やクラスの生徒たちに"海馬を説得できれば成績を上げてやる"などと冗談なのかはたまた本気なのか…。俺の周りにはいつも大学の話ばかりが取り巻いていた。
「…言っておくけど。生徒会長だから、とか学級委員だから、とかでアンタに言っているわけじゃないわよ?」
念を押すかのように彩美が言った。
「へぇ…。じゃあ何だ?先公に言われたからか?」
皮肉たっぷり込めて俺は捕まれた腕を振り解いた。
「…。…違うわよ」
彩美が嫌悪の声を露に言う。
「…じゃあ何なんだ?答えられねーんならそうだろ?」
五月蝿いとばかりに俺はカバンに雑誌を突っ込むと席を立った。
「幼馴染だからに決まってるでしょう!!」
きっぱりと澄んだ声が教室中に響き渡る。幼馴染…。どこか懐かしい言葉を聞いて俺は振り向いた。彩美はいつもと変わらぬ平然とした顔で俺を見つめている。
「……ふーん。そりゃあ慈悲深いこって…」
俺は暖かな風が吹き零れる窓をピシャリと閉め、ドアに手をかけた。緊迫な凛とした雰囲気が二人を包む…。

「…。…湊。本当に何かやりたいこと無いわけ…?」
彩美は脱力…と、いうか半ば諦めにも似たような声で言う。
「…やりたいことねぇ…」
苦笑交じりに己の右手を見、ぼんやりと呟く。…わかってるくせに。そう言いたげに俺は彩美を睨んだ。
「…その…。後遺症で右手をほとんど動かせないのは知ってるけど…」
労わるようで哀れみのような言葉。…そんな言葉が聞きたいんじゃない。
「ああ、そうさ。3年前のコトでバイオリンが弾けなくなっちまったからな」
…三年前。俺は三年前までは天才バイオリンニストとして名を轟かせていた。しかし…。不慮の交通事故により右手がほとんど動かせなくなって…バイオリンが弾けなくなってしまったのだった。
「もういいな?」
そう一言言い残し、俺は裏庭へと足を運んだ。裏庭には大抵誰も居ず、時間を潰すにはちょうど良い場所なのだ。